プラハ郊外の城めぐり

カレルシュタイン城
丘の上に建つゴシック様式の城で、14世紀にカレル4世が
修道僧の保養所、王家の財宝保管庫、又別荘目的などに
建てたもので、要塞の目的も果たしていると云う。
当時の面影を残す広いホールに入った途端、音大生の
アルバイトなのか、当時の服装らしき女性が朗々とした
美しい歌声で迎えてくれたのにはビックリした。

景観09

駐車場より城への道はかなり遠く、その上坂道なので
ふもとにいた馬車を奮発して、馬上より沿道のお土産屋さんを
眺め、丘上のお城を望みながら楽々と95%地点に到着。

カレルシュタイン城へ05

カレルシュタイン城05


カレルシュタイン城06

歴代の王様が使用していた王冠
場内は、撮影禁止なのでパンフレットより・・・。

王冠

王座のある接見の間、質素な小部屋だった。
このほか寝室やトイレなど、何れも当時のものが残されていた。

4-4、カレルシュタイン王宮、

コノピシュチュ城

バロック様式で、オーストリアのフェルデナンド皇子が
建てた城と云うことだったが、城内は趣味であったと云う
狩猟関係の器具、銃器、道具、動物の剥製、鹿の角など
溢れんばかりに展示してあった。
何しろ、生涯で30万頭と云う膨大な数の動物をハンター
したそうで、日本にまでハンターのため訪れていたとかで、
月の輪熊のはく製も数々コレクションされていた。

コシノビシュチュ城へ

此の城も又、湖水に沿って山道を登るので麓にいた
トロッコ自動車みたいなものに乗って門前までいくが、
そこからも、急な登り坂でへろへろになる。

城内は撮影禁止で残念だが、ビックリする程、数多くの豪華な
猟銃や甲冑など、その他もろもろ・・
贅の極みとはここまで思いつくのかと、脅威さえ感じる品々・・・

かって、第一次世界大戦の引き金になった、「サラエボ事件」
其の時の皇太子とは、
此の人フェルデナンド皇子だったとは・・・此の王子夫妻が
黒手組とか言う国民組織の一人に暗殺されたことに
開戦の端を発していると聞いて、「そうなんだ~」と何故か納得。

コシノビシュチュ城全景

城のテラスには、クジャクが飼われているらしく時々あたりの
静寂を揺るがす程、甲高いなき声をあげたので、最初の声では
飛び上るほどビックリしてしまった。
美しい羽根を全開しないかと、かなり待機していたが
キョロキョロするだけで、ついに一度も羽根の全開はなし:::残念!!

コシノピチュシュ城02

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