平城遷都1300年祭の奈良 (3)

朝の内は少し曇っていましたが、だんだんお天気も良くなり
秋の青空が気持ちよく澄み渡った、最高の日となりました。
今日のバスは、飛鳥方面に進路をとり田園風景の広がる
静かな大和路を進みました。

石舞台古墳
明日香、石1

石舞台正面
明日香、石正面
明日香村の古墳時代後期の古墳と云われ、7世紀初頭の物らしい

長さ7.7㍍。幅3.5㍍。高さ4.7㍍。約30個ほどの石が積まれて、
その総重量は、約2.300トンほど有るという。
最も大きい天井に積まれた石は、一個が75トンと推定される。

被葬者は、蘇我馬子であり、此の古墳の別名は「蘇我馬子桃源墓」
昭和27年(1952年)国・特別史跡指定となっている

外堤、南北83㍍~東西81㍍の方形墳墓で、巨石を使った雄大な
横穴式石室となっている。
上段の盛り土は、発見時すでに無かったので円形か,方形か不明だったが
1933年~1936年の調査の結果、正方形の墳丘の古墳だと確認できた。

又、全長20㍍の横穴式石室を擁し、その玄室内も見学できましたが
私は入り口からチョット覗いて,写真もチョット控えました。
何千年前の時代で風雨で浄化していると言っても・・・・ネ

石舞台背面 
明日香、石後ろ

明日香、石の中へ


飛鳥寺
明日香、寺

蘇我馬子が発願し6世紀末(596年)創建された日本最初の本格的寺院。
当初の建物は,887年と1196年の火災で焼失したが,1632年
(寛永9年)と、1826年(文政9年)に再建され今日に至っている。
「仏教国日本」の歩みは,此の寺が出発点と、いえるかもしれない。

明日香、本尊

本尊 飛鳥大仏(釈迦如来座像) 銅像・重要文化財
推古天皇が605年、聖徳太子や蘇我馬子らと発願し、609年に
止利仏師によって作られた日本最古の仏像である。

高さ3メートル・銅15トン・黄金30キロを用いて造られた
平安・鎌倉時代の大火災で全身罹災し、修理されているが概形には
飛鳥彫刻の形をとどめ、細部に至ってもかなりはっきりした
飛鳥の特色を残していると言う。
此のお寺は、珍しく撮影フリーで大仏もシッカリ写すことが出来た。

見学の前には、30分ほど大仏の前に座り法話を拝聴するという
ありがた~い・・・オマケも付いていたが・・・。

明日香、聖徳太子
聖徳太子孝養像   木像室町時代
大師16歳の時、父用明天皇の病気回復を願って祈願している姿と云われる。

明日香、歌碑
境内の万葉歌碑
昭和12年(1937年)辰巳利文氏を願主として建立
佐々木信綱の筆による山部赤人の長歌を、近衛文麿氏の
篆額が刻まれ、昭和の国宝的存在として、寺の宝らしい。

明日香、地図

                            漫画・シカ仏挙手


関連記事

テーマ:神社・仏閣巡り - ジャンル:旅行

コメントの投稿

非公開コメント

カレンダー
07 | 2017/08 | 09
- - 1 2 3 4 5
6 7 8 9 10 11 12
13 14 15 16 17 18 19
20 21 22 23 24 25 26
27 28 29 30 31 - -
最近の記事
最近のコメント
月別アーカイブ
カテゴリー
リンク
カウンター