車2台で洞爺湖温泉へ(3)

身辺日記
06 /07 2017
今回行った(乃の風)温泉には、露天風呂を始めとした
色々な浴槽があるなか、こんな懐かしいお風呂もありました。

うんと若い方にはただ珍しいだけでしょうが、昭和一桁には
とても懐かしいものでした。
戦前は現在のように内風呂が各家庭に付いていると云う事が
少なくて、銭湯に通う事が一般的な事でしたから、
とても懐かしかったのです。





浴場の壁に大きく描かれた富士山や、風景の絵は
今では見ることも無くなりましたが、子供心に美しい絵だと
大きな浴槽に入るたびに仰ぎ見ていた覚えがあります。

黄色い湯桶も、早いころは木製で本当の桶でしたが、何時の間にか
樹脂製品に変わり「「ケロリン」と赤い字で書かれたものが
一般的になってきたようです。
でも私の湯桶のイメージはヤッパリ木製の桶なので、調べてみたら
1963年に内外薬品で鎮痛薬ケロリンを製造発売したため、それの
広告媒体として製造発売されたようなのです。
道理でその頃はもう銭湯に行かなくなっていたため、黄色い桶に
余りなじみがないんだと納得したのです。


此の脱衣籠も懐かしいものの一つです
太い藤蔓で編まれてあって年数とともに、だんだん色つやが出て
良い感じだったような記憶があるのです



このテレビも14インチでしょうか・・
当初のころは高くて、こんな小さな画面のものでも
一般的ではなかったのです。



映画のポスターも昔はいたる所に貼ってありました
お店のガラス戸や、壁に貼ってあげるとその映画の招待券を
置いていくのですが、それを「ビラ下券」と云って
当時の店員さんたちはそれを大変楽しみにしていたと云う事です。



戦前のころでしょうか・・・こんな自転車に乗ったオジサンが
メガフォンで声を大きくして「アイスクリン~アイスクリ~ン~」と
叫んで売り歩いていました。
解体子供が近づくと自転車を止めて、アイスキャンディーとか、
アイスクリームを箱から出してくれるのですが、今思うと
手など拭いていたのは見たことがなかったです、
汗と埃で汚いハンドルを握っていた手で、出してくれるのですから
今なら、保健所で許さないでしょうね~
でも当時は病気になったとは聞いてませんし、親もぜんぜん
気にしなかったようですから、皆がのんびりしてたのでしょうね~


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